6月23日沖縄『慰霊の日』島唄が伝える平和への祈り

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今日(もう昨日ですね)は6月23日、沖縄『慰霊の日』。約20万人もの人が犠牲になった、太平洋戦争の中の、沖縄地上戦。

今からほんの74年前のこと。

ありとあらゆる地獄が現実となった、本当にあったできごと。

日本人が、決して忘れてはいけない日です。

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6月23日は絶対忘れることのない日

6月23日。実はこの日付は、我が家の長男の誕生日でもあります。

ですので、私にとっては決して忘れることのない日なのです。

沖縄『慰霊の日』が近付くにつれ、長男の今までの出来事や、始めて沖縄旅行に行った時の思い出などが湧き出してきます。あれや〜これや〜と。

島唄が教えてくれた沖縄

始めて沖縄を訪れたのは、今から16年前、長男の小学校卒業祝いのとき。

私は、それより5年ほど前から『The BOOM』の大ファンで、心の拠り所としておりました。

そして、ボーカルの宮沢和史さんの詞を追いかけて、徐々に沖縄フリークになっていきます。食材のお取寄せやら、雑誌の定期購読やら。

宮沢さんの書く歌詞というのは、世の中を憂いたり、政治批判が織り込まれていたりと、かなりメッセージ色が強いです。

3rdアルバ厶のジャケット撮影で、始めて沖縄を訪れた宮沢さんは、ひめゆりの塔で語る『オバア』に出会い、戦争の悲惨さに心を傷め、オバアに聴いてもらいたい、と、名曲『島唄』を書き上げます。

「島唄」首里城 宮沢和史 沖縄唄者 6月23日 沖縄慰霊の日
沖縄『慰霊の日』島唄 

The BOOMによって沖縄を知り、沖縄をこの目で見て、舌や肌で沖縄を感じたい、子供達の感性が鋭いうちに、沖縄戦を通して戦争の悲しさを見せたい!

その思いを叶えるため、沖縄へ行き、1日めは戦跡だけを巡りました。それは、直接心の目で、戦争を感じてもらいたかったからです。

1日行程が終わり、のホテルへ向かう車中で、無言が続く中、子供たちに『明日もお墓巡りするの・・・?』と、とても悲しそうに言われました。

徐々に無言になっていった子どもたち。あまりにもショックが大きかったようです。

ガマなどは流石に避けたのですが、あちらこちらで重苦しい何かを感じていたようでした。

沖縄の美しい海と、戦争の悲しみ。このギャップが大きすぎたようでしたが、子供たちはこの沖縄行き以降、沖縄戦などを取り上げた映画や番組を、無言のまま関心をしめすようになっていきます。

沖縄 赤瓦とヤシの木
青空と赤瓦

長男の誕生日

この、決して忘れない6月23日。長男が産まれたのは、今から29年前のその日は新月、真っ暗な夜から明け方にかけて。

不登校で荒れていた頃には、誕生日を呪うような言動に苦しんだ頃もありました。どちらかといえば、心から楽しんで迎えられた年のほうが少ない気がします。

私にとっては、なんとかして、産まれてきてくれた喜びを伝えたい、と毎年毎年、頭を悩ませる、家庭平和を心の底から望む日なのです。

産まれて来てくれたその日のことを忘れない

吉備津彦神社へ神様に会いに

今日(昨日)は、その前日が夏至ということもあり、夏至祭も執り行われる、パワースポットで有名な吉備津彦神社に、長男とふたりでお参りに行きました。

吉備津彦神社
吉備津彦神社 本殿と神々の山

神聖な空気の中に暖かみを感じるこの神社、行くとホッとするので、時々ひとりで立ち寄ります。

昨日は本殿で結婚式を挙げられていたり、お宮参りをされていたり、とおめでたい日だったようで、幸せな気持ちを分けてもらえて♡嬉しい♪

こんな、なんでもない幸せな時間が、普通のことが緩やかに流れる時間が、永久に続いて欲しいですよね。

戦争など、欲と利権にまみれた一部の思想に、ただ、花が咲いて、海が凪いで、お日様が優しい・・・そんな平和が壊されることのないよう

小さな我欲を笑い飛ばし、八百万の神様に感謝を捧げられる、そんな心を持ち続けたいと、心から誓った、今年の6月23日でした。

吉備津彦神社 稲荷神社
吉備津彦神社内

最後に、私を支え続けてくれた歌『幸せであるように』

心の草花が枯れた日は 涙ひと粒挿せばいい
雨音がするまで我慢しよう いくつ季節が移っても

さぁ涙拭いて ここまでおいで
何人であろうと 幸せであるように
ザ・ブーム 幸せであるように Live
The BOOM 幸せであるように
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